子どもを預かるのではなく「人間力」を育てられる場所を作るために起業したお母さん

埼玉県朝霞市にある「どろんこ保育園」。
その名のとおり、園児が泥まみれになって遊ぶ保育園です。
朝霞どろんこ保育園のホームページより

私は2008年の9月頃に取材に行ったのですが、園庭には山があり、あちこちに木が植えられて、ヤギが放牧されていました。

外遊びのとき、保育士はよほどのことがなければ園児に注意しません。
園児は木に登ったり、あたりを水浸しにして泥だらけになったり、ケンカをしたり、やりたい放題。
私と同行したカメラマンは園児たちの質問攻めにあい、網を持って追いかけ回され、ズボンを汚されていました(あらかじめ心優しいカメラマンに依頼し、「きっと汚れます」と私から伝えておきました)。

園庭でヤギを飼っているのは、寿命が短い動物だからと理事長の安永愛香さんに聞きました。
「生き物には命があり、いつかは死を迎える」ということを、実際の体験を通して園児たちに伝えたいのだそうです。

そもそも安永さんがどろんこ保育園を設立したきっかけは、お子さんが保育園の木に登って保育士にひどくしかられたこと。
子どもの安全はもちろん大切だけれども、あまりにも行動を制限し過ぎではないかと思ったのだそうです。
さらに、保育園の体制にも疑問を抱き、「だったら私が作ろう!」と安永さんは行動を起こしたのです。
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 私は就職後すぐに出産し、息子を託児施設に預けたのですが、狭い部屋でビデオを見せっぱなし。3歳のころに通わせた公立保育園では、ミカンの木に登ったという理由で、正座をさせられてひどく怒られたのです。このとき、「息子は木登りも経験せずに育つのか」と驚きました。
 危ないから木に登ってはいけない、汚れるからどろんこになってはいけない、かわいそうだから虫を殺してはいけない。そんな大人の論理で、幼少期に痛みや汚れ、命の経験をせずに育てると、私の息子もささいなことでキレる人間に成長する危険性を感じたのです。
 その後、私は会社を辞め、保育士の資格を取りました。保育園で働き始めると、硬直した縦社会で現場の声が生かされないこと、安全面にこだわりすぎて地域との交流がないことに疑問を持ちました。そして、子どもを預かるのではなく、「人間力」を育てられる場所が欲しいと、私自身が保育園の運営に携わることにしたのです。
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どろんこ保育園は駅から遠く、利便性はよくありません。
働くお父さん・お母さんには不便ですが、あえてどろんこ保育園に預けたいという人がたくさんいました。
「多少のケガやどろんこの服の洗濯には目をつぶって、子どもをたくましく育てたい」という園側と保護者側の共通の理念があってこそ、成り立つのでしょう。

私が訪れたときには、絶対にパンツの中まで泥だらけと思われる園児が多数いました。
「すごいことになっちゃったね」と声をかけると、園児は「お母さんが洗ってくれるから!」とへっちゃらな様子。
どろんこ保育園に通わせるには、園の方針への理解だけでなく、毎日の洗濯でくじけない根性も必要ですね。

ちなみに、当時としてはまだ珍しい「病後児保育」もどろんこ保育園では行っていました。

朝霞市のどろんこ保育園と同じ系列になるのが、市川市平田にある「メリーポピンズ市川ルーム」という認可保育園。
ここには手続き不要で、着られなくなった子ども服を置いていって必要な子ども服を持っていける仕組みがあります。
保育園の子どもを通わせている親だけでなく、誰でも、園の前に置かれた「勝手かご」というかごの中に服を入れ、かごの中の服を持って帰れるわけです。
勝手かごは誰でも利用できる
4~5年前でしょうか、以前の職場の同僚が、アメリカではこのような物々交換の仕組みが広まっていると教えてくれました。

メリーポピンズ市川ルームの勝手かごを見て、「すてきな取り組みだから日本でも広まるといいね」と元同僚と話していたことや、どろんこ保育園を取材した日を思い出したのでした。

「大人の論理で子どもを育てるのか」「仕事さえ続けられれば、『安全』でさえあれば、子どもをどんな状況に置いてもいいのか」という母親としての危機感。
自分で働く場を作り出す行動力。
地域に密着し、誰もが利用できる、善意をベースとした物々交換。

私たちが暮らしと生業をつくるヒントがここにありそうですね。
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